私が受けた国策事件(殺し屋と上訴事件)

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殺し屋と上訴事件

殺し屋の存在

dummy_022.jpg 「拉致」裁判から家に戻った私は落胆しているばかりにはいられなかった。さっそく裕大郎救出のために準備にとりかかったのである。
 まず、でっちあげ裁判を行った裁判官に対する訴追請求状を裁判官訴追委員会宛てに作成した。続いて不当な裁判によって子供を拘束したとして逆に人身保護請求事件を高等裁判所に訴えたのである(人身保護請求事件は管轄の地裁もしくは高裁に訴えられることが法律で定められている)。
 私はさらに作成した上告状も含め、これらの宛先である上級機関ならば必ず不正を正し、裕大郎を救出することができると考えていた。だから裕大郎にはでっちあげ裁判の当日にさりげなく「桜の咲くころには・・」と言っておいたのである。
 しかしこれも今となっては私自身の傲慢、浅はかな考えであった。結果としてでっちあげ裁判に出頭してしまったことを後悔することになったのである。


 とりあえず提出できるものは提出し、一息ついた2月3日の早朝、裕大郎が連れていかれて4日目の朝であった。
 「バーン!」。上告理由の準備中にそのままその場で寝入ってしまった私は何かの物音で目が覚めた。続いて「ガァッー!」。
 電動ノコギリ(チェーンソー)の音である。屋根裏に通ずるクローゼットのあたりからだ。一晩中起きていた母がそのクローゼットを中から誰かが蹴ったという。その晩私は母に言われてたまたまクローゼットの取っ手に紐をくくりつけて開かないようにしておいた。なんとも嫌な気がして寝られなかったという母の予感が的中したのだ。
 こちらも驚いたがあちらも相当動揺したのだろう。一気に飛び降りて殺ってしまうところが、開くはずの扉が開かないのである。異変に気づいた私たちに、つい電動ノコギリのスイッチに指がかかってしまったのだ。

 屋根裏に通ずるそのクローゼットは上部に位置していてそれを開けて屋根裏を覗こうにも体重80キロの私には簡単には上がれない。しかも相手は電ノコを持っているようなので不用意に頭なんか出したら危険である。そこですぐに110番することとした。

 しかしだ。110番につながったのはよかったが、オペレーターの警察官がもたもたしてはっきりしない。屋根裏に侵入者がいるのですぐ来てほしいといっても住所を尋ねるとかすぐ向かうとか応答がないのだ。話にならないので管轄の交番に自分で電話するから電話番号をおしえてほしいといっても相変わらずである。仕方がないのでこちらで急いで調べて交番の警察官に来てもらうことにした。
 ところが電話を終えて10分しても20分しても警察官がやってこないのだ。交番までは約2キロ。道も込んでいない土曜の早朝である。30分たってようやくパトカーを目にすることができたのだが、ゆっくりと腰が重そうに我が家に近づいてくるのである。まったく緊迫感のかけらもない様子だった。
 その後、警察官2人に屋根裏を覗いてもらったが後の始末である。すっかり逃げられてしまっていた。どうやら隣家の屋根から屋根を飛び移り、屋根自体に細工をして一部開閉できるようにしたうえで屋根裏に侵入して犯行に及んだようである。まるで忍者だ。いまどきそんな輩が存在するなんて善良な一般人には知る由もないだろう。それを時代劇ドラマにあるように役所が抱えこんでいるのだから役人たちの態度もでかくなるわけである。

 それにしてもあの警察官たちはいったいなんなんだ。いずれの警察官の行動もまるで忍者を逃がすものとしか思えないものだった。告訴した時もそうだったが(告訴を勝手に相談扱いにして告訴状を返送してきた)、なんとも警察官がおかしいのが多すぎるのは困ったことである。

逆人身保護請求事件

 私はでっちあげ裁判によって拘束された甥の裕大郎を救出するため、逆に高等裁判所に人身保護請求を訴えた(知識不足で当時私は反訴制度があることを知らなかったので結果的にこのようになった)。
 殺し屋に襲われかけた後も高等裁判所ならしっかりやってもらえると期待していたが、高等裁判所は準備調査を経ただけで審問を行わないまま請求棄却決定を下したのである。

 人身保護請求事件はその進行を2段階に分けて行われる。一つは「準備調査期日」といって法廷外の部屋で次の審問期日のための準備調査をするものでそれによって請求自体に明らかに理由がないと認められる場合はこれを棄却決定できることとなっている。もう一つは「審問期日」といって普通の裁判で言うところの法廷での口頭弁論期日にあたるものである。


LinkIcon決定謄本の内容をみてほしい。私は先の人身保護請求事件が木野審判官の虚偽審判書を使うなど裁判所が裁判をでっちあげ、これによって子供が拘束される事態になったのだと訴えているのだが、高裁は審問を経ずに準備調査の段階で上記事実認定をして請求棄却決定を下してしまっている。
 確かに準備調査の結果次第で請求を棄却できることは法律で定められているが、それが可能であるのは「明らかに請求に理由がないとき」である。提出された証拠をもってしても主張が認められないというのは審問によって判断されることであり(さもなければ審問期日が存在する意味がない)、これを準備調査の段階で行ってしまう行為は法律用語で言うところの「違式の裁判」であって、事実上裁判所の判断回避行為といえるものである。請求棄却の決定謄本に裁判官印がないことや謄本の書記官認証印が不適式なものが使われていることも裁判所による「裁判の拒否」の意思があることを認めることができよう。 

 結果として私は高等裁判所に裏切られたことになったのである。

三行判決

 それでも私はまだ最高裁に期待した。豊橋のでっちあげ裁判の後、勝手の違う上告手続きに少し手間取ったが、曲がりなりにも審理するには十分な内容であると自信をもってLinkIcon上告理由書LinkIcon上告受理申立理由書を提出することができた(人身保護請求事件に控訴はない。いきなり上告である)。
 しかし、ここでも私の期待は裏切られることになった。最高裁の出したそれは上告棄却の「調書決定」、いわば業界でいわれるところの「三行判決」だったのである。

 通常、判決は長々と判決理由を述べてそれを下す。判決をするほど重みのない事件などには決定という裁判形式がなされる。その決定をさらに理由がないものとして門前払いしたのが最高裁独特の権限である調書決定である。これは文字どおり書記官が作成する調書をもって決定書代わりにしてしまうもので、形式とともにその内容も三行ほどで済ませてしまっている所以からそういわれているものである。

 私の場合はこうだ。「上告できるのは民訴法312条でいうところに限られるが、あんたがいうのは明らかにこれに該当しない、よって門前払いである」。
 上告理由書を見てもらえればわかるが、その内容は312条に明らかに該当しないどころか明らかに該当しているものである。
 本当に最高裁の裁判官が裁判をしたのだろうか。調書決定はその形式上、謄本を取得しても裁判官の印は裁判長の認印一つあればよい(判決や決定では裁判をした複数の裁判官の印がいる)、交付を受けたLinkIcon調書決定謄本の書記官認証印も不適式(旧式)なものである。私は書記官が裁判官に事件を通さずに勝手に事件を扱ったのではないかと疑わざるを得なかった。
 それでも最高裁として最終判断がなされた以上、それを受け入れざるを得なかったのである。



 この最高裁の裁判で人身保護請求事件は確定である。裁判に負ければ誰でも不満はあるだろうが、それにしてもこんな理不尽があっていいわけはない。
 私は毛頭あきらめるつもりはなかった。そして次の手に打ってでたのである。


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