裁判所によるでっちあげ裁判
狙われた家族
相続発生から約二年。役所をかけずりまわってあわてふためいていたときに比べれば、犯罪の手口をほぼ認識して落ち着きをとりもどしつつある、そんな時である。突然私と母宛に訴状が届いた。 ― 子供を引き渡せ ―と。
当時私は母と妹の子供である甥子(6歳)と暮らしていた。子供の母親である妹は先に家を出て行った父の後を追って相続発生の二ヶ月前には子供を残して家を出ていたのだ。裁判所はそんな家庭環境を利用して妹や父らと共謀して裁判をでっちあげてきたのである。
相続事件もそうであるが、このでっちあげ裁判も身内が絡んだ犯罪である。命を狙われたとしてもやはり身内。当初私は告発にふみきることに躊躇があった。役人たちは憎いが、こちらからおこした裁判をきっかけに謝罪をしてくれれば・・・なんて都合よく考えてその後の国家賠償事件に臨んでいたりもしたのである。
しかし、それは甘い考えだった。こちらが追い詰めれば追い詰めるほど権力者たちはその権威をみせつけるように残酷になった。でっちあげ裁判で奪った甥子を児童養護施設に名前を変えて棄てただけならまだしも(もちろんそれも許せることではない)、それがバレると口封じのために甥子を薬づけにし監禁虐待してその意思を囲い込もうとしたのだ。
さすがの私も決意した。もう謝ったって許したりはしない。役所の口車にうまく乗せられたとはいえ、身内だろうが誰だろうが犯罪者たちには皆罪を償ってもらう。どんなに権力者が集まろうとも必ず奴らを倒して甥子を救出してみせる。
そんな気持ちで思いきって本サイトで告発に及んだしだいなのである。
サイトトップでも述べたことだが、このでっちあげ裁判事件も相続事件同様に私は十分な証拠をもっている。ここでもこれを公開し、同時にさらしたくない恥もあえてさらすこととする。これも世のため人のためである。悪徳裁判官を弾劾裁判所に送るにはそうするしかないのだ。
だからこのでっちあげ裁判を単なる身内の争いにすぎないものとは思わないでほしい。家族の中のバカを利用したその家族全員の崩壊が豊橋の役人たちの真の狙いなのである。金うんぬんの前に愉快犯的素質が大きいのだ(特に豊橋市役所)。身内がよいというから殺しまでやる。そういわせているのも役人たちなのである。
人身保護請求事件
「拘束者(私と母)は被拘束者(甥子)を請求者(甥子の母)に引き渡せ」というのが訴えてきた方(請求者)の請求である。
「人身保護請求事件」。一般人にはあまりなじみのない事件である。
「不当に身体の自由を拘束されている者がいる場合、誰もがその者の救済を請求することができる。」というのがそれである。裁判の実用では別居中あるいは離婚した夫婦間の子供の引渡しをめぐってよく用いられる事件である。
訴状(今回の場合は人身保護請求書)が来たのははじめてのことであった。さすがに緊張もした。請求書の中身を見ると決して長いとはいえない文章の中にも即座に反論できない言葉が並んでいた。「おかしい。こちらは何も悪くないのに。これが弁護士というやつか。」一瞬だが焦りも感じた。
それでもしばらくしてあることに気がついた。送られてきた
人身保護請求書の副本にある請求者代理人弁護士の印部分が直接押捺したものでなく、複写されたものではないか。しかも日付欄には明らかに偽造された痕跡がある。さらには請求書に添付された疎名資料である審判書も偽造であることに気がついたのである。(事件にかかる私の主張では審判書の偽造について法律を誤解して偽造理由をまちがって指摘しているが、これが偽造審判書であることは後に述べるとおり顕著な事実である。国家賠償請求事件の訴状及び訴えの変更申立書参照)
何でこんなことをするのか。実の母親なら堂々と引渡しを求めればよいではないか。もっとも自分が育児放棄をして勝手に家を出て行ったのだから引け目があるのもわからないでもないがそれにしても・・・。
私はこの時点で裁判所も相続事件に関与していることを確信した。ただこのでっちあげ裁判を通じて違法相続の成就を謀っていることは予想できたが、判決で子供を奪った後に殺し屋に私たちを殺害させたうえでその成就を果たそうとしていたとはこの段階ではまったく予想だにしなかったのである。
裁判官木野綾子の偽造審判書
ここで請求者代理人が提出してきた疎名資料である審判書についてふれておこう。先にも述べたがこの審判書は偽造されたものである。その理由を以下に述べておく。裁判所によるでっちあげ行為の最大の証拠である。
まず、請求者代理人が疎名資料とした各審判書はその謄本の写しを提出したものであるが木野審判官の印影がない。審判書の謄本である以上、審判をした審判官の印はなければならない。ここで少なくとも代理人弁護士による偽造行為を疑うことができる。
次にこの偽造が代理人弁護士だけでなく裁判官も共謀していることを証明してみることとする。
私は裁判中に改めてこの審判書謄本の交付申請をしてこれを取得しているのだが、これをみるかぎり木野審判官が押印した形跡はみられる。
裁判所としては忌避申立をうけてあわてて木野審判官印のある
審判書謄本を交付したのだろうがこれが命取りであった。この木野審判官は地裁の裁判官であって家裁の職務には従事していないのだ。裁判官といえども地裁裁判官が家裁裁判行為を許可なく行うことは権限外の行為なのである。違法を承知だから代理人弁護士が提出した
審判書謄本の写しには審判官印がみられなかったのである。
最後にもう一点。木野裁判官が家裁裁判(審判)を行う許可を得ていたという言い訳を封じ込める意味で述べておく。
審判書で述べられている事実認定に注目してほしい。この事実認定のあり方には重大な問題がある。私は審判の1年半前に子の引渡しの調停を裁判所で行っているのだが、申立人(甥子の母親)の都合で申立が取り下げられているという事実がある。しかし審判ではその大前提となる調停事件が取下げ終了されているという最も重大な事実について何らふれられていない。あたかも調停事件など存在していないと思わせる物言いである。本来であるならば、同じ事実認定をするにも調停事件が取下げ終了しているという大前提事実を前面に出して審判を不適法却下するのが筋であろう。判断理由の釈然としない事実認定をする一方で人身保護請求にまでふれたうえで申立の不適法却下をしている木野審判官の審判には明らかに人身保護請求事件のでっちあげ目的があるものということができるのである。
これらの偽造行為より裁判所の相続事件の関与を疑った私は、この後相続事件の真相を明らかにするために人生初めての提訴を行った。
豊橋市を被告とする国家賠償請求事件である(2回目以降の期日呼出がなく休止中である)。人身保護請求事件における審問のための準備調査期日にはこれを材料とした陳述書とでっちあげ行為を理由とした裁判官と書記官の忌避申立書を持参して臨むこととなったのである。(いずれの事件も弁護士はあてにならないので仕方なく本人訴訟である)
人身保護命令
「偽造文書を使って裁判所が裁判をでっちあげた。」そう主張したところで裁判所がそれを認めるはずはない。それどころかよりいっそう殺意が増したのではないだろうか。裁判官をすりかえたいい加減な準備調査を経た後、裁判官はこちらが素人であることをいいことにごまかした
忌避申立決定を下し、「拘束者(私と母)は被拘束者(甥子)を連れて1月30日の審問期日に出頭せよ。さもなければ拘引することもあるぞ」と脅迫まがいの
人身保護命令を下して強引に裁判を続けようとしたのである。
私は困った。出頭せよといわれても母は病気で歩くのもやっとのこと。出頭したところで甥子が引き渡されることは火を見るより明らかである。だからといって出頭しなければ拘引されるのだから・・・。結局私は事件解決のための思いをつづった主張書面を持参して、二人を連れたうえで指定の審問期日に出頭することを選んだのである。
審問へ
平成19年1月30日は特別な日になった。この日に限って甥の裕大郎は今日は何月何日かと何度も繰り返して尋ねる。もともととても勘のいい子である。何かを感じていたのだろう。「裕ちゃん、さくらの咲く頃には迎えに行くから」とさりげなく伝えるのがそのときに私がかけてやれる精一杯の言葉だった。もちろん当の本人は何のことだかわからずキョトンとしている。そして、足取りの重い私とは対照的に裕大郎は法廷で自分の主張を早くしたいと出発を催促するのである。
一方の母は外出するのも1年半ぶりのことである。いつものことだがまず部屋を出てからの階段を降りるのに一苦労である。手すりをもってゆっくりと一段一段降りていくのだが、そこに裕大郎が一段前に出て捕まれといわんばかりに小さな肩をさしだしてくれる。「ありがとう」と一段降りると今度は振り返って小さなその手をさしだしてくれる。どこで覚えたのか自然と人を思いやれることが裕大郎のよいところであった。
車に乗ってからも裕大郎の気遣いはやまない。久しぶりの外出で街の景色の新鮮さに感動している母を見て、「ばんちゃん(おばあちゃん)、楽しい?よかったね。」と自分のことのように喜んで話がとまらない。3人での久しぶりの外出が裕大郎にはとてもうれしかったのだ。皮肉にも裁判所までの道のりが私たち3人にとっては幸せのひと時だったのである。
しかし、幸せのときはそう長くは続かなかった。裁判所の中に入り指定法廷の前まで行くとそこには10人~20人の裁判所職員が待ちかまえていた。まるで厳戒態勢である。法廷内に入れば私の席のすぐ横である傍聴席の最前列席に2人、その後席に1人の職員が陣取っている。後ろの席の職員はすごい形相でにらみつけている。請求者側の傍聴席にも職員が待機し、まさしく密室裁判の様相であった。
それでも私たちはそれぞれ拘束者席、被拘束者席と着席し裁判の開始を待った。しかし、開始時刻の2時を過ぎても請求者側も裁判官も姿を現さない。開始前に私が提出した思わぬ答弁書や主張書面に手間取っているのだと推察した。私も人身保護事件について少し勉強して立て直してきたのだ。あらかじめ判決内容などシナリオを用意していた裁判官たちにすれば不意をくらった感じだったのだろう。
しばらくすると請求者側が姿を見せ、開始から15分ほど遅れて裁判官が入廷して(準備調査時と同様、島田、木野裁判官が他の裁判官にすりかえられていた)裁判がはじまった。その後は裁判官の指揮のなすがままである。双方の提出資料を確認し、被拘束者国選代理人が用意した
意見書副本の交付の証明としてその正本を読ませもしないでそれに受領サインをさせ(そもそもサインを求める行為自体がおかしなことである。正本を確認しようとサインに至らない母に対して書記官の斉藤は隠し持っていた何らかのガスを噴射し、体調の急変をきたした母を無理やりサインに至らせたのである)、提出された
疎名資料の取調べも行わないまま(偽造だらけの資料など取り調べられるわけはない)わずか20分ほどで
判決を下して子供をさらうように連れ去っていったのである。
裕大郎も突然のことに抵抗したくても声もでないし体も動かない。母は裕大郎のあまりに驚いた表情にショックを受けて泣き崩れる。私も覚悟はしていたがやるせない気持ちであった。
それでも裁判所職員たちは最後まで執拗だった。泣き崩れる母を立ち上げ、肩をおとして法廷を出る際にも内外にいた職員たちは裁判所出口までぞろぞろと異様な雰囲気で後をついてくるのである。裁判官にいわれれば何だってやる。人間性のかけらもない非情な連中であった。
裁判記録の差し替え
これまで述べてきた提出資料の偽造行為から裁判所が裁判をでっちあげていることを理解していただけたものと思う。ただこの偽造行為にはでっちあげ目的のほかにもう一点裁判所にすれば目的があったことをここでふれておきたいと思う。
そもそも裁判官が偽造文書まで作成して裁判をでっちあげたのはなぜなのか。請求者に便宜を図るだけでそこまではしないだろう。実際、請求者にはもともと裁判所とは何のコネもなかった。そうすると島田裁判官による偽造相続放棄申述受理証明謄本からしても相続事件の成就を目的として関与したとしか考えようがないのである。
相続事件は違法住宅ローンであることをだまして借金をかぶせて破産させ、その後投薬によって殺してしまう計画のものであった。不正がバレてしまった以上、そのままでは利得どころか大幅な損失しか残らないので犯罪者たちにすればだまして得る快感を捨て置いてでも金銭面の利得だけは得たいはずなのである。そのためには彼らには詐欺ターゲットの母や事件の真相をしってしまった私を殺害して計画通りだまされた状態を強引につくる道しか残されていないのである。
結果的にでっちあげ裁判は判決まで下してそれを苦に自殺したように偽装して殺害を謀ったものである(次ページ参照)。しかし、最初に送達されてきた人身保護請求書や審判書の偽造方法をみるかぎり、この時点では裁判所は判決を下すまで裁判を行うつもりはなかったものと考えられる。おそらく訴えただけでこちらがひるんで子供を手放すと思っていたのだろう。子供が手から放れれば後は殺し屋を送るだけだから裁判をせずとも最大目的が達成できるのである。
しかし、事情は変わった。私はひるんで子供を手放すどころか不正を指摘して忌避まで申し立てたから裁判官としたら怒り心頭である。ここからが権力者たちの真骨頂である。判決を苦に自殺を装って殺害するだけではおさまらない。偽造をしたことを逆手にとって殺害後に記録をひどい内容に差し替えてしまおうという点が以後の裁判事情から伺えるのだ。
上記で示した被拘束者国選代理人提出の
意見書に対する裁判中の書記官のサイン要求行為はこれを証明するよい例である。しかも書記官の斉藤はこの意見書の謄本申請に対して謄本(原本をそのまま謄写したもの)はないといって正本(書記官が原本に基づいて作成するもの)しか交付しないのだからやはり記録の差し替えを謀っていると疑わざるを得ないのである。そして決定的であるのは夫馬書記官作成の
判決書謄本だ。これに記載されている裁判官3名の筆跡が明らかに同一人物によってなされた筆跡なのである。そのうえ書記官の謄本認証印が不適式なものであるのだから記録の差し替えを謀っていないとは到底いうことはできないのである。
死んでしまえば裁判記録などどうにでも差し替え可能であることをよいことに死んだ後の名誉の毀損まで謀ってでっちあげ裁判を進行した裁判官たち。どこまでも卑劣な奴らである。
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